まちライブラリー@MUFG PARK のオープニング記念イベントを2023年7月22日(土)に開催しました。
第1部の様子をご紹介します。
まちライブラリー提唱者の礒井よりご挨拶
本日は暑いなかご来場いただきありがとうございます。まちライブラリーは、2011年に細々と個人的に始めた活動で、ここが1000箇所目になります。今日現在、1045箇所くらいまで広がっているようですが、まさかこんなことになるとは思いもよりませんでした。小さな活動から、こんな立派なまちライブラリーができたのはありがたいことです。
その原動力は何だったのかな?と日々考えているのですが、今日ここに来られているみなさん、あるいは他のまちライブラリーに行ったことがあるといったみなさんが「ここを育ててやろう」とか「ここを自分の図書館にしよう」、或いは「ここで何か楽しいことをやろう」といった思いを持ち、活動する中で新しい仲間が見つかり、といったことが連続してどんどんと広がっていったのだろうということがわかってきました。
今後も西東京のこの場所でご縁が生まれ、長い繋がりになっていけばありがたいですし、我々も皆さんと一緒にここを楽しい場所にしていきたいと考えています。ここができたのは6月26日ですが、開館イベントはなかったにも関わらず大変多くの方に来ていただきました。今も休日には1000人を超える方にご来館いただくなど、非常に賑わった場所になっています。
今日はあらためてまちライブラリーというものを楽しんでもらうきっかけにしようと思い、特別ゲストに手塚眞さんをお招きしています。手塚さんのお話を聞き、その後皆さんに10組くらいに分かれていただき、実現したいこと、やってみたいこと、一緒に楽しみたいことなどをお話しする場にしたいと思います。
手塚眞さんご講演「命の記憶〜未来へのメッセージ」
みなさんこんにちは。手塚眞と申します。
まずはすてきなまちライブラリーの開館、おめでとうございます。ここには初めて来たのですが、とても素晴らしいですね。はじめにお話で聞いた時より想像を超えて出来上がりが良い。こんなステキなところにお呼びいただき、とてもうれしく思っております。
少しだけお話しさせていただき、その後礒井さんと対談したいと思っております。また皆さんからも何か質問などがあれば、短い時間ですがお話しできればと思いますので、よろしくお願いいたします。
今日は「生命の記憶~未来へのメッセージ」と銘打ってお話したいと思います。
僕がいまやっている仕事のひとつにAIを使ったマンガ制作があります。AIを使って手塚治虫の新作漫画を作るというとんでもない話です。AIについて、果たして安全なものなのか、さまざまに危惧されているところもあると思いますが、生成AIは実験的な段階の技術です。ゆくゆくはこれを使うことで皆さんの生活がもっと豊かになっていくであろうという黎明期だと言えます。もちろん、新しい技術というものは、使い方を間違うとたちまち生活を脅かすものになりかねません。開発者の皆さんも、十分に気をつけて技術開発に取り組んでいると思います。AIとは、極端にいうと未来の人間に対しての仕事といえますね。
未来の話と言いますと、僕の話より父親の漫画を読んだ方が早いかもしれません。手塚治虫という人間は非常に聡明で、何十年も先のことを見通したかのような漫画を描いていました。皆さんご存知の「鉄腕アトム」もそうですし、自然と人間の未来的共生のあり方を描いた「ジャングル大帝」もそうです。そんなふうに手塚治虫の漫画は70年前から未来のことをたくさん描いているので、ときどき「お父さんは未来を予知していたのですか?予言者なのですか?」なんて聞かれるんです。確かに非常に聡明で天才ともいえる人ですが、予言者ではないかもしれません。ただ、いつも未来を見ていました。
過去は未来へのメッセージ
今日のテーマ「命の記憶」ですが、命というのはまず医学的な意味があります。ブラック・ジャックが助ける命ですね。そしてもうひとつ、その人の人生、やってきたこと、在り方という意味合いがあります。とくに後者についてお話したいと思います。
みなさんも日記や写真などを見返すことがあると思いますが、なぜいまここにいるのか、なぜいまこうしているのかのヒントが隠れているのはないでしょうか。逆にいえば、今日ここにこうして集ったことが、のちのちみなさんの人生の鍵のひとつになるということです。
過去を見直すことは、未来を知ることにつながります。
そうした過去の記憶や記録には、いわば未来へのメッセージがたくさん詰まっています。僕たちはそれを探しに図書館や本屋へと出かけていくのかもしれません。
これから話すのはそういったお話です。
僕は子どもの頃から自分のいる現実とは違う世界を見せてくれる映画が大好きで、とくにおばけや怪獣が出てくるものに惹かれる子どもでした。
映画好きが高じ、高校のときに1本の短い映画を作りました。空飛ぶ円盤が出てくるものです。俗にUFOと言うものですが、それをそのままタイトルにするのはさすがにどうかと考えていたとき、「未知との遭遇」という映画の中で管制塔のレーダーに「UNK(unknown)」という文字が出るのを見て、それをタイトルにしました。
僕は「ユー・エヌ・ケー」と読むつもりだったのですが、映画界の先輩や評論家の先生方は「ユンク」と呼んだんです。まあ、いいかと思いながら、ある日目的もなく本屋をウロウロしていたら「空飛ぶ円盤」という本に遭遇しました。気になって手に取ったところ、ユングという心理学者の本でした。ユンクとユング、似てませんか?これは運命だと思って読んでみたら、人がUFOのようなものを見たり考えたりするのはなぜかということが書いてあった。それを読んだとき、僕は初めて自分の心の中を説明してもらえた気がしました。
父親が漫画を描く人だったので家の中でとやかく言われることはなかったけど、なんとなくお化けやSFが好きだというと「そんな気持ちの悪いもの」みたいにいわれる風潮がある中で、なぜ自分はそういったものに惹かれるのかをうまく解説してもらえたんです。
偶発性が未来を作っていく
その一冊に出会ったことで、その後映画を作るときに「なぜそれを作るのか」「なぜ作った方がいいのか」を頭で整理できるようになりました。
アイデアは急に思いつくものですが、それを作品にするにはどういう意味があるのかを考えなくちゃいけない。僕の父親も同じです。何かを思いつく、そこから社会的な裏付けや科学的な根拠を考えて検証していく。その道筋の付け方を教えてくれたのがこの本でした。
未来を考えるときも、その時その時の偶然の出会いや偶然の発見というものをできる限り大切にして、その意味はあとから考えれば良いのだと思っています。
実は今日僕がここにいるのも偶然の出会いがきっかけです。何年か前、初めて訪れたまちライブラリーで礒井さんと知り合いました。僕はそれまでまちライブラリーのことも礒井さんのことも存じ上げなかったのですが、たまたま知り合いのライターさんに会いに行った先が大阪のまちライブラリーだったんです。
そのライターさんもSNSで偶然繋がった人です。その人の発信に興味を持って、ある番組への出演をお願いしようと会いにいったのが出会いでした。結局その番組を作ることはできなかったのですが、今日ここでこうして皆さんの前でお話させていただく機会につながりました。偶然の出会いから偶然の出会いにつながる。そんな連なりから未来の何かが生まれていくんですね。
僕の行動の根本に意味はありません。ただ、ピンときたらやってみる。まずはそこからです。人は毎日、自分のやることを選ぶことができます。人間は自分の未来を自分で選択しているんです。
とは言え、計画することは大切です。行動に意味はありませんが、僕は計画魔です。ピンときたら時間をかけて計画して設計して、考えて考えて、最後は流れに任せる。僕なりの人生の極意。いざというときには勘を信じるのが一番です。
そういうことを繰り返すうちに、自然に自分の未来を選べるようになります。
あまり難しく考えず、自分がとった行動をプラスに考えるようにすると良いですね。
一人の選択が社会を変えることも
若き手塚治虫は医者になる勉強をする傍ら、趣味で漫画を書いていました。学生のうちに漫画が売れて人気が出たのですが、昭和初期の漫画は駄菓子のようなものだと考えられていました。手塚家は医者の家系でしたので、真っ当に家系を歩むか、子ども騙しだと思われていた漫画の道を選ぶかを悩んだんです。そのことを母親に相談したところ「自分の好きな方を選びなさい」と言われ、漫画家になる決心をしたそうです。
「どうなるかわからないけど、やりたいことをしよう」。これは手塚治虫という一人の人間の選択でしたが、それを選んだから、いま世界中で日本のアニメが人気になっている。
一人の選択が社会を大きく変えた例だと思います。
今日ここにきたみなさんが、たとえば一冊の本を手にしたことで社会が変わるかもしれない。そんな大げさなことはしないだろうと思っているかもしれないけど、それはわからない。そういった選択の場がここにもあるんです。
このような小さなコミューンの中に生命の記憶がつまっていて、それがみなさんの未来をどのように作ってゆくのか。それは子どもたちにとって、どれほど素晴らしいことでしょうか。
ライブラリーというのは閉鎖的なイメージがあるけれど、ここはこんなに緑に囲まれて、開放的で、本を読んで疲れたら緑を見ることができて。理想的なところ。
読まなくても、手に取るだけで良いのかもしれない。
偶然目にして手に取る。これはインターネットではできない。
自分で行動して選んで、その結果が築かれていくことを子どもたちに伝えたいと思います。
トークセッション
礒井:
ありがとうございました。お話の中に、「偶然の発見=セレンディピティ」というものがありましたが、「ジャングル大帝」のレオが白くなったのも偶発的だったとか?
手塚:
手塚治虫の発想のすごさというのは、偶然のトラブルから作品を生み出すところです。おっしゃる通り、もともと白くするつもりはなかったんです。夜、裸電球の下で色を塗っていて、朝に確認したら思ったよりも薄くて白いライオンになっていたのですが、「これだ!」と思ったそうです。
その後日談があります。1970年代、地元の人が昔から「森の神様」だと呼ぶ白いライオンの種族が南アフリカで発見されました。ジャングル大帝と同じで、とても聡明で優しいライオンだそうです。そのライオンの保護団体の方が、日本に来られた際にジャングル大帝の本を渡され、なぜ日本の漫画家がこのライオンのことを知っているのだと驚いたんです。手塚治虫が描いたのは1951年。世界で白いライオンが知られるずっと前のことなのですから無理もありません。
白いライオン=ジャングル大帝が生まれたきっかけは偶然だけれど、それが未来における自然保護活動の話にもリンクしているのは不思議ですよね。
礒井:
偶発性をインスピレーションに切り替えちゃう。これが天才の発想なのかもしれませんね。
眞さんの「白痴」についてもお聞きしたいのですか、原作の上に乗っかるように時代背景がずれていく感じがしました。あれはどういう意図から生まれた発想なのでしょう?
手塚:
原作は坂口安吾さんの短編小説。そこからインスピレーションを得て映画を作ろうと思い、発想を膨らませました。もともと東京空襲が舞台になっている作品で、当時の映像を見たり手記を読んだりする中で、リアルな空襲ではなく、自分の心の中の空想の戦争を描こうと思ったんです。日本に原爆が落ちず、そのまま冷戦的に続いていたとしたら、という想像の世界です。
映画を見た人は未来と過去が一緒になっていると感じるかもしれないけれど、僕にとっては一つの世界。時代を重ねていくことで、何か偶発的に見えてくるものがあるのではないかと考えました。
礒井:
まちライブラリーも、遊びで始めたものがまさか1000ヶ所を超えて広がって、こんな立派なものができるとは思いませんでした。図書館とちがって、本は意識的に選んだものではないし、どの本がどこにあるのか体系的に整理もされていない。どのまちライブラリーに訪れても、偶然の出会いというか、本が自分を呼んでくれている気がするんです。
「ここにいる人はこんな本を読んでいるのか。そもそもこんな本が世の中にあったのか!」そんな面白さがあると思います。手塚さん、ここにこられてどうですか?
手塚:
まずきれいなんですよ。空間、色の使い方、外の緑に負けない美しさ。本は中身も大切ですが、装丁も大事です。ここには総合的に美しいものが美しいところに並んでいると感じます。ぼくはビジュアリストなので、美しいということを非常に重要だと考えています。ここに入ってきた瞬間、まずはそれがうれしかった。それだけで価値がある。
礒井:
美しさというものには変化もありますね。変化はあっても「佇まい」というものもある。それが美しさかもしれない。人もそうだけれど、時間経過の美しさもあると思う。
「白痴」もそうですが、時間経過がオーバーラップするところに人の営みの美しさがあると感じました。
手塚:
年代ごとの美しさというものはありますし、年を経ても変わらない美的感覚もありますね。
時間経過といえば、ここはタイムカプセルも美しいですね。選んでいる色がいい。カラフルだけど落ち着いているから、子どもから大人まで美しいと感じるのではないでしょうか。
礒井:
もともと本を並べようと思っていたのですが、地震のときなどに危ないのでは?という話になりました。それなら手が届かないことを利用して、鍵をかけた箱を置いてみようと考えたのです。みなさんの思い出を入れておき、節目節目に開陳することで何か新しい発見につながるのではないかと。
私は、この活動に「まちライブラリー」と名付ける前のパンフレットなどを入れようと思って持ってきました。
手塚:
資料などが出てくるとそれに紐づいた記憶が引き出されますよね。今日は僕もタイムカプセルに参加したいと思って、仕事の資料や昔使っていたケータイ電話、10年後の自分への手紙などを持ってきました。たわいもないことを書いているのですが、10年後に見れば意味が見えてくるかもしれないなと。
礒井:
10年後もまた手塚さんをお招きして、見てみたいですね!
記憶と記録は違います。忘れてしまうことは存在を失ってしまうことになるので、ちゃんと記録しておくことは大切です。記憶と記録、その両方を行き来することで生まれるものもあると思います。
手塚:
記録って、どこで何をどうしたということじゃないですか。記憶は気持ちや心が乗っている。何があったかという具体的なことは思い出せなくても、当時の気持ちとか考えていたことなどを思い返すのも大事ですよね。
そういった意味でもこのタイムカプセル構想は素晴らしいと思います。
参加者からの質問
Q1.
映画作りは漫画を描くことに比べてさらに偶然性が高いと思うのですが、具体的なお話などがあればお聞きしたいです。
A1.
映画作りというのは、まさに自然を相手にしています。俳優さんもスタッフも人間ですし、外で撮影する時は天候、気温などすべてが影響します。それをコントロールするのではなく、いかに映画に生かすことができるのかを考えます。
インスピレーションの話をひとつ。「白痴」のキャスティングの際、まだ若かった浅野忠信さんをプロデューサーが推薦したんです。面接してみたのですが、そのときはピンと来なかったのでお断りして、キャストはずっと決まらないままでした。そんなある日、コンビニで見かけた雑誌の表紙に「この人だ!」と思う俳優さんが写っていたんです。手に取ってみたら浅野忠信さんで、あれ?と。僕が会った人と顔が違うと思ったんです。で、もう一回お会いしたらやっぱり顔が違う。何が違うのかと思いお話を聞いたら、前回のときは俳優をやめようと考えていたのだそうで、そのあと思い直して俳優を続けていこうと決めたことで顔つきが変わったようなんです。ぼくは白痴の主人公に「一度やる気を失ったが、再びやろうと決意した人の顔」を探していたんですね。まさにぴったりだった。
このように、映画を一本作るたびに、偶然のエピソードが重なっていくのが面白いです。
Q2.
自分も偶然の出会いを大切に色々と活動してきたのですが、50歳を過ぎて、これまで自分が得てきたものを若い世代にシェアしていきたいと考えるようになりました。その方法などについてアイデアがあればお聞きしたいです。
A2.
SNSなどご自分がやりやすい方法で、どんどん発信してくと良いと思います。書き方も自由です。こんなの誰が読むんだろうなと思っても、どこかの誰かが読むかもしれない。
最初から狙っていくより、純粋にこれを伝えたいというものを記録していくことが大事だと思います。たとえば読んだ人が5人しかいないとしても、その5人が影響を受けて大きく広がっていくかもしれない。発信すれば必ず誰かに届きます。
「白痴」はものすごくお金も時間もかけ苦労した作品ですが、おかげさまで好評をいただき世界の映画祭にも招待されました。でも一番うれしかったのは、ある日事務所に出してあった「映画白痴事務室」という看板に挟まれていたレポート用紙でした。「私は通りがかりの高校生です。ここに『白痴』と書いてあったので思わず書きました。映画を見て非常に感銘を受けたのです。自分は人生に絶望していて、自殺したいくらいに思っていましたが、映画を見て思いとどまりました。そのお礼を言いたくてこれを書きました」とありました。差出人の名前もわからない用紙一枚でしたが、これを読んだ時に、この映画を作って良かったんだなと思いました。
いつも映画を作る時は、誰が見るんだろう、売れるかなということより、発信すれば必ず誰かに届くと思って作っています。